沖縄連帯行動報告

<沖縄連帯行動と護憲ネットワーク北海道>


 護憲ネットワーク北海道は、本年結成10周年を迎えました。

当初から、護憲と同様に脱原発・核廃棄物問題・沖縄問題など

重点的に取り組んできました。

 沖縄問題としては、2006年8月・2007年8月地下街での

沖縄パネル展の開催や2012年2月沖縄反戦地主の会関東

ブロック・吉田さん、同年7月参議院議員・糸数さん、2014年

1月沖縄県北中城村議・山田さん、2014年6月ヘリ基地反対

協の安次富浩さんなどを講師に招いて講演会を開催してきました。

 このような経過から、昨年11月の総会において沖縄の現状を

いて具体的連帯行動を起こすべきだとの発言がありました。

この問題提起を契機に事務局会議において討議をし具体化し

たのが今回の沖縄連帯行動です。

 2月には先遣隊として2名を派遣し、4月には一次隊として4名

5月には二次隊として6名を派遣しました。小生は5月12日よ

り17日までの二次隊に加わりました。主な行動は以下の通り

です。

<5月12日(金)> 

 千歳空港に集合し、沖縄に向けて出発しました。

<13日(土)>

 豪雨の中で近くの公園より嘉手納基地を見学するも天候のせ

で飛行場を眺めるだけに終始しました。防衛省職員とおぼし

き者が自衛隊家族会らしい団体に説明をしていました。当然、

県民の総意を歯牙にもかけない詭弁が連続し、聞いてられずに

豪雨もあり早々に車に戻りました。

 午後から、浦添市役所前広場において開催された「浦添軍港

反対!キャンプ・キンザー包囲デモ」に参加しました。夜には反

戦反天皇制労働者ネットワーク主催で沖縄船員会館において開

催された「日本民衆の交流の夕べ」に参加し、護憲ネットワーク

北海道の取り組みを報告しました。

<14日(日)>

 早朝にホテルを出発し大浦湾瀨嵩浜に向かいました。

バスなどで全沖縄から結集した人々で浜は埋まり10時より「沖縄

平和行進・県民集会」が開催されました。実行委員会の大城さん

や参議院議員・糸数さんなどより次々と安倍政権や防衛省などの

不当な「沖縄支配」とも言うべき辺野古新基地建設強行・県内各

地への自衛隊基地建設等々を糾弾する挨拶がありました。

 平和行進は豪雨の中でも県内3コースで行われましたが、13日

にはあまりの豪雨のために途中で中止したとの報告もありました。

平和行進の集大成としての県民集会であり、2,400人もの人々を

結集して盛り上がりました。

 北海道より、我々以外には平和運動フォーラムの代表団や十勝

フォーラム・北教組旭川支部なども参加していました。また、沖縄

現地に長期滞在し記録を撮り続けている森の映画社の藤本監督

や影山監督ともお会いし、挨拶を交わすこともできました。

 午後から、高江ヘリパット反対テントを訪問し座り込みはしてい

ないため、現状について説明を受けました。ヘリパットは完成した

ことになっているが、返還式に合わせて「急造」したために豪雨に

よりヘリパットに周囲から雨水が流れ込み泥の海になっていると

の報告がありました。

 沖縄タイムスの記事によると、政府が昨年「負担軽減」をアピー

ルするために「年内完成」を急いだために歩行ルートが未完成だ

ったり、豪雨でのり面が崩落しており、「まだ作業が必要」と米軍

はコメントしているとのことです。

 夜は、浦添社会福祉センターを会場に[「5・15復帰」を問う沖

縄行動]の主催で「日本復帰」45年を問う5・14脱植民地化沖縄

集会に参加しました。講演の中で米軍占領の下で米軍人による

少女強姦事件などの「沖縄の風景」が当たり前になり、何も感じ

ないどころか反対運動に対してあきらめることが身についてしま

った沖縄の若者が一部に出現していることが報告され驚愕しま

した。

   
<15日(月)>

 早朝にホテルを出発し、辺野古において座り込み行動をしまし

た。「ゴボウになった日」の通りです。座り込みの責任者として司

会をしていたのは、沖縄県教職員退職者協議会・国頭支部の人

でした。沖縄県教組国頭支部と連携しながら座り込みを支えてい

るようですが、現場の厳しい勤務状況から退教協が中心とならざ

るをえないとのことでした。両国頭支部として月・水・木・土の4日

間、責任を持って座り込んでいるとの説明がありました。

 しかし、シュプレッシュコールで「北朝鮮のミサイル開発を糾弾

!」などが問題とされ、参加者から批判されていました。マスコミ

の報道を鵜呑みにしており、「朝鮮戦争」が終了しておらずあくま

でも「休戦」状況に対する認識が甘いことです。また、この間の米

韓、日米韓軍事演習が年々拡大されており、米軍による「朝鮮殲

滅作戦」などについて一顧だにされていないことが問題とされてい

たのです。なにより、米国が「ならず者国家」と決めつけ「大量破

壊兵器所持」などに藉口したフセイン大統領虐殺を深刻に受け止

めた朝鮮民主主義人民共和国は米国と対峙するには「核開発」

「ミサイル開発」しか選択肢がないことからやむなくその道を奔っ

ているのです。これを理解せず、安倍政権の「北朝鮮」中傷に同

調していることに無自覚であることを指摘されたのです。

 沖縄のおばあの中には、少ない年金の中で<座り込み>を持

続させるための交通費などを確保する必要から、新聞を止めたり、

都市ガスを止めて携帯コンロに換えるなど生活の全てをかけてた

たかっていることを知り頭が下がりました。

 夜は、牧志公園で[「5・15復帰」を問う沖縄行動]の主催で、「5

・15復帰45年を問う国際通り道ジュネー]集会・デモに参加し、

護憲ネットワーク北海道の連帯行動などについて報告しました。

小雨の降る中でデモが行われました。

 

   <16日(火)>

 早朝にホテルを出発し、辺野古において座り込み行動をしまし

た。その日は、工事車両は姿を見せず平穏な座り込みに終始し

ました。前日と同じように地元の人々や全国各地からの参加者

のトーク、歌声、ダンスと賑やかで且つ楽しいものでした。

 

<17日(水)>

 午前、那覇市内をぶらぶらし、午後帰路に着く。 

 

 <偽りの沖縄県の基地負担軽減は許されない!>

 安倍晋三首相は、6月23日の沖縄全戦没者追悼式で「政府とし

て基地負担軽減のため、一つ一つ確実に結果を出していく決意

だ」「これからも『できることは全て行う』」と述べました。これまで

も沖縄の{負担軽減}として日米合同訓練などが千歳空港や矢臼

別演習所など全国に移転されてきました。

 沖縄県は本当に負担軽減されているのでしょうか?違います。

真逆です。報告したように辺野古新基地建設現場では建設に反

対する市民を機動隊の暴力で閉じ込め、資機材搬入しているの

です。 沖縄県の基地負担は激増しているのです。その最たるも

のがオスプレイ配備や辺野古新基地建設であることは論を待ち

ません。

 パラシュート降下訓練が米国本土から沖縄・嘉手納基地に移転

されております。夜間降下訓練も強行されています。降下訓練で

はこれまでも度々降下ミス事故が発生しており、嘉手納基地周辺

には住宅地が広がっているので周辺住民を巻き込む重大事故に

なりかねません。

 嘉手納町議会は今年4月と5月に「嘉手納基地でのパラシュート

降下訓練の全面禁止を求める抗議決議」を全会一致で可決し、

米軍や防衛局に申し入れていますが無視されています。

 また、嘉手納基地には、米海兵隊の垂直離着陸型最新鋭ステ

ルス戦闘機F35が飛来しております。 F35はオスプレイ同様に

開発段階から事故が相次ぎ、安全性には疑問があります。米国

内では5月以降飛行中に低酸素症に似た症状をパイロットが訴

える事例が5件あり、6月にはコンピューター・システムの不具合

で飛行を一時停止している欠陥機種です。米軍は嘉手納基地に

F35専用駐機場を整備する計画です。

 移転したはずの旧海軍駐機場が使用されるなど、住民の生活

や安全などかまわずに米軍のやりたい放題=自由使用が続い

ております。

 このように沖縄では、負担軽減どころか負担檄増しております。

さらにこの夏にも千歳基地や矢臼別演習場において「オスプレ

イの訓練」が実施されようとしています。このように沖縄の負担

軽減に藉口して全国的な「沖縄化」が企てられているのです。

沖縄と連帯することは、足下の札幌・北海道における軍事演習

に反対することです。

 <おわりに>    
 共謀罪の先取りとしての山城氏の不当逮捕と長期拘留や反

対市民の不当逮捕があります。沖縄現地でのたたかいに加わ

ることが重要ですが、財政的な限界もあります。札幌の地で周

辺の人々に沖縄現地の情勢を可能な限り周知させ、連帯行動

として辺野古新基地建設反対を呼びかけることが重要だと考え

ます。

 護憲ネットワーク北海道としてもこれまでも<憲法9条を世界

に広げよう、憲法9条を市民の手に取り戻そう9の日行動>な

どで現状を報告しながら市民に問題点を指摘してきましたが、

さらなる連帯行動を重ねる所存です。

 <改憲阻止>を中心として違憲3兄弟である「特定秘密保護

法・戦争法・共謀罪」の廃案に向けて共に奮闘しましょう。!!!


沖縄報告・ゴボウになった日

    ゴボウになった日    立花創瞼(吉井健一)

2017年5月15日 1044日目

ゲリラ対策車 沖縄800 さ 77-05の前

私はゴボウになった

茶色い泥に包まれて

地の底から響いてくる歌声

県民の怒りに燃える島 沖縄よ

われらとわれらの祖先が血と汗をもて

守り育てた沖縄よ

われらは叫ぶ沖縄よ

われらのものだ沖縄は

沖縄をかえせ、沖縄にかえせ、琉球にかえせ

紺色の悪魔にかいなを絶たれ

泥を落としながら

金網の前で解かれた

 

辺野古の海は誰のもの

辺野古のジュゴンは何処へ去ったのか

マリーンブルーは

テトラポットに脅されて

マリーンダークと化し

サンゴは息絶える

 

高江の森に響く鎚音

ヤンバルクイナの鳴き声も途絶えて

ヘリパットABCDEF!

グリーンベルトは 剥ぎ取られ

豪雨に浸されて

醜悪な泥の海と化す

 

高江の空は誰のもの

オスプレィの下で震える

震える内蔵、震える筋肉

低周波は、内蔵を 脳の襞を侵す

幼子の脳は震える 震える

お父とお母の愛も震える

おばあとおじいの愛も震える

 

高江の空は誰のもの

辺野古の海は誰のもの

ゴボウになった日

ゴボウは悲しみに 憤りに

静かに震えるばかり

ゴボウになった日

震える、震える

 

[イベント紹介] 5・27内田正敏講演会のお知らせ

  憲法施行70年

憲法破壊の安倍政権とのたたかいは、

  死者達、未来の人々、アジアの民衆、との共闘!

<講師> 内田正敏さん、
 
(弁護士・「戦争をさせない1000人委員会」事務局長)

  国民主権と基本的人権の保障、恒久平和主義を定めた日本国

憲法が施行されて70年を迎える今年ですが、安倍政権の下で安

保関連法や共謀罪により、戦前回帰は急ピッチで進み、平和と暮

らしへの息苦しさと反動の嵐は露骨なほどに凶暴化しています。

  平和と自由と人権の回復、ししてそして立憲主義、民主主義平

和主義を取り戻すために、考え、学びともに行動しましょう。

  多くの方のお誘いあわせとご参加をお願いします。 

~~~~~~~~~内田敏さん講演会次第~~~~~~~~~

  日 程  2017年 5月27日(土)17:30~9:30)

  会 場  かでる2・7 520研修室

        (札幌市中央区北2条西7丁目 TEL 011-204-5100 )

  参加費  資料代として500円

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

======内田正敏さんのプロフィール======
1945年愛知県生まれ、1975年東京弁護士会登録。

現在、日本弁護士連合会憲法委員会委員、  

東京弁護士会憲法問題協議会委員。

 弁護士としての通常業務の外に「西松建設中国人強制連行

・強制労働事件」、「日の丸・君が代」処分問題、立川自衛隊宿舎

イラク反戦ビラ入れ一審無罪判決「自衛隊イラク派兵違憲訴訟」

など。

**********主な著書*************************

「弁護士ー"法の現場"の仕事人たち」(講談社現代新書)

「<戦後>の思考ー人権・憲法・戦後補償」(れんが書房新社)

「憲法9条の復権」(桜花社)「懲戒除名ー"非行"弁護士を撃て」

(太田出版)、「憲法9条と専守防衛」(箕輪登氏との共著・梨の木社)

「靖国には行かない。戦争にも行かない」(梨の木社)など多数。

山城博治さんの逮捕は?

 沖縄平和運動センターの山城博治さんは、昨年10月、東村高

江のヘリパッド建設地で沖縄防衛局が侵入防止用に設置したフ

ェンスの有刺鉄線を切断したとして器物損壊容疑で現行犯逮捕

されました。続いて、2カ月前の8月に防衛局職員ともみ合いに

なった際、職員に打撲傷を負わせたとして傷害と公務執行妨害

容疑で再逮捕されました。さらに11月には、名護市辺野古のキ

ャンプ・シュワブゲート前でコンクリートブロックを積み上げ、工

事車両の搬入を妨げたとして、威力業務妨害容疑でも逮捕され

ました。

 山城博治さんをはじめ反基地運動のリーダー3人の初公判が

3月17日、那覇地裁で開かれる予定です。
 

 異例の長期勾留に国内外から非難!

 山城博治さんは5カ月近く身柄を拘留されており、家族との面

会も禁じられていましたが、やっと3月13日妻との面会が許さ

れました。

 異例の長期勾留に対して国内外の人権団体などが非難してき

ましたが、昨年末には刑事法学者41人が早期釈放を求める声

明を発表しました。

 「正当な理由のない拘禁であり、速やかに釈放されねばならな

い」と、強く非難しました。 

 賛同者の一人、龍谷大学法科大学院の石塚伸一教授(刑事

法)は、

 「微罪で次々とさみだれ式に逮捕しており、まるでオウム真理

教事件のときのような捜査手法です。地域のために基地に反対

している市民運動の人に対し、テロ、過激派であるかのようなレ

ッテルを貼って運動の切り崩しを図っている。警察と検察、裁判

所は常軌を逸しているというほかない」と指摘しています。

 また、石塚氏は、

 「近年、裁判所は検察の勾留請求を却下するケースが増えて

いる。全国の却下率は2005年の0.47%から、14年には2.71

%まで上昇している。」と統計を示しながら、

 「不要な身体拘束は正義に反するとした14年の最高裁決定で

この傾向はいっそう強まった」と語気を強めました。

 このように山城さんの長期勾留は、司法の現状とも逆行してい

るのです。

「政治弾圧は明らか。裁判で正面から糾弾していく」

 

 弁護人の一人、池宮城紀夫(いけみやざとしお)弁護士が怒りを

滲(にじ)ませながら述べました。

 「市民らの抵抗で工事が予定どおりに進まないから、山城氏を長

期間拘束して隔離すれば、運動を沈静化できると考えているのでし

ょう。かえって市民たちの怒りの火に油を注ぐ結果を招くだけです」

 2月下旬、山城議長の釈放を求める集会に参加した市民らが、裁

判所の敷地になだれ込み「即時釈放しろ!」と声を張り上げました。

 「辺野古や高江ばかりではない。県民の怒りは沖縄のすべての基

地に向かっています。」

 

アムネスティ・インターナショナル日本は、

 「山城さんの勾留が長期に及んでいることに強い懸念を表明す

る。山城さんは直ちに釈放されるべきである。」と強く非難してい

ます。

 現在、山城さんは器物損壊罪、公務執行妨害罪、傷害罪の3

つの罪で逮捕・起訴されたいます。当局は、軽微な犯罪での逮

捕・勾留・起訴を繰り返してきました。勾留のためには証拠隠滅

の恐れがあるなど必要な要件はありますが、上記の罪の証拠に

関して隠滅の可能性は極めて低く、その他の要件についても該

当する理由はありません。

 国際人権基準は、公判前に釈放することを前提としており、こ

のような拘禁は身体の自由への侵害である。

 山城さんは、沖縄における米軍基地反対運動のリーダーとし

て、政治信条に基づいて長年にわたって活動してきました。沖

縄は、日本における米軍基地の7割が集中する地域であり、基

地に関わる問題には、常に政治的な文脈が影響しているのです。

 今回の逮捕と長期拘禁は、そうした影響の表れであって、日本

政府による沖縄米軍基地反対運動の抑圧とも指摘されています。

アムネスティ日本は、デモや座り込みを含む抗議行動を表現の

自由として保障する義務を日本政府が負っていることを想起さ

せ、山城さんの逮捕・拘禁が運動への委縮効果を生むおそれが

あることに懸念を表明します。

 国際社会は、政府による抑圧を防ぐため数々の努力を重ね、

自由権規約や被拘禁者処遇最低基準規則、ならびに保護原則

を作り上げてきました。日本政府は、こうした国際人権基準を遵

守すべきです。

 アムネスティは、表現、結社、集会の自由の権利を尊重し保障

するよう日本政府に求めるとともに、国際人権基準に則って山城

さんを速やかに釈放するよう検察当局に強く求めます。

 

 護憲ネットワーク北海道は、憲法を護り生かす立場

からも国際人権規約を遵守し、確立する立場からも

山城博治さんの即時釈放を求めると共に「辺野古新

基地建設」の中止を強く要求します。

 沖縄は敗戦直後に「銃剣とブルドーザー」によって土地を

奪われ、本土から米軍基地を押しつけられました。その結

果、米軍機墜落事故や米軍人・文属による強姦事件など

で苦しめられています。

現在、「基地はいらない。作らせない。」の民意が示されて

いる中でも新基地建設が強行されています。

 高江のヘリパット建設では、140人の住民の村に全国

から機動隊員を500人も動員して一般道路の交通規制を

行い農作業に支障を与えました。また、座り込みを排除す

るためにおじい、おばあに殴りかかったり、沖縄タイムスや

琉球新報の記者を拘束して取材を妨害するなどやりたい

放題です。

 完成したヘリパットは東村高江の集落を囲むように位置

しており、オスプレィが夜間訓練で10時過ぎにも飛び回る

ために、多くの住民は寝不足になり体調を崩しております。

小学生が寝不足で学校を休むほどであり、耐えきれず転

居した住民も出るほどです。

 自然を破壊し建設を強行した後には住民の健康を害す

る基地被害は計りしれません。

 さらに、この建設工事は、驚くべきことに当初予算の6倍

にも膨らんだのです。住民や県民の反対を封じ込めるため

に警備業務の追加や資材の空輸などのため、工事発注後

に契約が9回も変更され、1億9千万円が11億6千万円に

も膨らんだのです。

 辺野古新基地建設も同様です。

 住民生活や自然環境に大きな影響が懸念されることを無

視し、米軍の意向に応じるために、日本政府は権力をむき

出しにして工事を強行していることは許されません。

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   反 対 し よ う ! !  

   テ ロ 等 準 備 罪 = 共 謀 罪   

あなたを監視する

→→「 現 代 の 治 安 維 持 法 ! 」

 安倍内閣が創設しようとしている「テロ等準備罪」は、「共謀罪」

と同様です。

 処罰対象を277の罪名に絞り込んだと言われていますが、一

般市民が対象となりうる罪も含んでおり、到底容認できません。

 安倍晋三首相は「2020年の東京五輪・パラリンピックに向け

て創設が不可欠だ」と国会で強調しましたが、あたかもテロ対策

の法案だと国民をだまそうとしているです。

 実際に明らかになった原案には、テロの定義もテロの文字もな

かったのです。これでは看板と中身が一致しないと、指摘されま

した。

 しかも、目的は国連の国際組織犯罪防止条約の締結ですから、

どう考えても共謀罪です。国連が求めるのは、国境をまたぐマフ

ィアなど組織犯罪対策です。金銭的・物質的な利益を得る犯罪、

つまり麻薬や人身売買、マネーロンダリング(資金洗浄)などが

念頭にあるのです。

 国連の立法ガイドには「目的が非物質的利益にあるテロリスト

グループは原則として含まれない」と明記していることからも明

白です。

 日本の場合、共謀罪を創設しなくとも、マフィアや暴力団など

の犯罪に対処できる国内法は十分に整っているのです。特に

重大な犯罪については、13の共謀罪、37の予備罪も持って

います。現行法のままでも条約を批准できるのです。

 このような批判と多くの国民の反対によって、過去3回、共謀

罪は廃案にされてきたのです。

 安倍首相は、法案に「テロ」という言葉をかぶせて、テロに対

する国民の不安を利用して共謀罪を成立させようとしているの

です。あまりに姑息です。

 処罰対象の罪を676から277に絞りましたが、一般市民が

対象になる恐れが残っています。実際に、正当な活動をしてい

る普通の団体であっても、その目的が「犯罪を実行する団体」

に一変したと認定されれば、「組織的犯罪集団」とみなされるの

です。政府はこのような見解を出しています。その判断は捜査

機関などが担うのです。

 共謀罪は、人と人とのコミュニケーションそのものが犯罪行為

となるので、共謀罪を検挙し、立証するために通信傍受(盗聴)

が有効と考えられます。また、通信傍受に限らず、共謀罪を検

挙・立証するために会話傍受(室内盗聴)が導入されたり、警察

官が市民運動のなどの組織の中に入って情報収集する{潜入捜

査}などが導入される恐れがあります。

 こんな市民監視社会を許しますか?

 一人ひとりの人権を守るために声を挙げましよう。!

1・25今井高樹新春講演会

          1・25今井講演会報告

 「南スーダンPKO自衛隊派遣問題を考える}

   1月25日(水)札幌市教育文化会館を会場に日本国際ボラン

ティアセンタースーダン事務所代表・今井高樹さんを講師に招き

講演会を開催しました。

 今井さんは、日本国際ボランティアセンター(JVC)について説

明し、南スーダンとの関わりから自己紹介に入りました。JVCは

1980年に創設されたNGOでインドシナ難民支援を出発点として、

現在はアジア・アフリカの9ヶ国と東日本震災被災地で人道支援

と地域開発、調査活動などを行っています。

 2007年にJVC入職し、南スーダン(当時のスーダン南部自治

領)ジェバに駐在し、車両整備工場を運営しながら、帰還した難

民への職業訓練を実施していました。2010年に活動を終了し、

整備工場を南スーダンの団体に引き継いで(北部)スーダン・南

コルドファン州に移動しました。

 2011年同州で紛争勃発し、事務所が襲撃されたので緊急退避

しました。その後スーダンの首都ハルツームに駐在し、南コルド

ファン州での避難民支援を統括していました。

 2015年6月・12月と現地団体に引き継いだ職業訓練の状況を

確認するために南スーダンに出張した。9月・11月にもジェバに

出張し緊急支援を実施した。

 

 <南スーダンの歴史と内戦!>

 1956年スーダンがイギリスから独立したが、北側はアラブ系

人種であり、南側はアフリカ系であることから、スーダン政府と

SPLAM(現南スーダン政府)が半世紀に亘る内戦が続いた。

 2005年に南北和平合意が成立し2011年に南スーダン住民投

票を経て分離独立したが、

 2013年12月より南スーダンは再度内戦状態に陥いました。

ディンカ(大統領派)とヌエル(元副大統領派)による民族対立と

言われているが、内実は「石油利権」と「開発資金」を巡る勢力

対立である。他にもシルク・バリなどの民族があり、それが大小

様々な軍閥として存在し利権にありつこうと戦闘を繰り広げてい

る。権力を把握した大統領派は、資金・ポストを与える一方で、

反大統領派を武力で弾圧してきた。特定の民族を襲撃すること

も度々で、そのために大量の避難民が発生している。

 2015年5月~8月ユニティ州で大量虐殺・レイブ事件が勃発。

翌年4月和平合意が成立し、第一副大統領が復帰するなど閣僚

メンバーも決定し統一政府ができたが機能しない。7月に1万人

の大統領派が千数百名の元副大統領派の住居・軍事拠点にヘ

リコプター・戦車・ロケット砲などで襲撃し、ジェバ市内は「戦闘状

態」になった。元副大統領派はジェバ市内を撤退したが、政府軍

兵士達は市場・国連の倉庫などでの略奪と住民・避難民への襲

撃が多発した。

 略奪・襲撃を阻止する立場にあった国連PKO軍は、政府軍と

の全面対立を回避するために武力介入はできなかった。


 <国連PKO軍・NGOに対する敵意>

 南スーダン政府・軍・警察・市民の間には、和平交渉での国際

社会U特にアメリカ)の対応への反発がある。避難民保護施設に

はヌエル人の人々が多数滞在しているために副大統領派の武装

グループの「隠れ家」になっているとの反感がある。

「戦闘」を止められなかったPKO軍に対して、一般市民は、「おカ

ネばかりを使っていい生活をして、住民を守ってくれない。」との失

望もある。


 <現地でのNGOの対応>

 南スーダンには120のNGOが活動しており、NGOフォーラムを

結成し、地域住民との信頼関係を構築し、みずから情報を収集し、

国連とも協力した上で、各地の安全対策を講じてきた。2名の安

全対策担当者を配置し、必要に応じて民間警備会社も活用して万

全を期している。

 

 <駆けつけ警護を考える> 

 ◎ 非常に非現実的であり、相手が誰か、どの程度の人数か、

  装備はどの 程度なのかが明確でなければ派遣できない。


 ◎ 相手国の同意が得られるのか、前述したように相手国の政

  府軍と対峙した場合は全面的な戦争になる恐れがあり、対応

  できない。

 ◎ なにより、自衛隊が現地情勢を把握しているとは考えられ

  ないし、信頼関係が構築されていない。


 <日本が果たすべき役割は?> 

 ◎ 「南スーダンへの武器禁輸」安保理決議に反対して否決し

  た日本政府は自衛隊がいるために「南スーダン統一政府」

  を支持するしかなかったようであるが、「南スーダン統一政

  府」の正当性は欠如しており、「統一政府」に反対する勢力

  が増加している情勢では内戦は収束しない。

 ◎ ジェバ市民は「自衛隊」については知らないが、上下水道

  整備・ナイ ル架橋などの日本のODAについては知っており

  電気製品なども含めて信頼感があり、それを生かした非軍事

  面での重要な役割を果たすべきではないか。

  ・ 「殺し合い」を止めることが第一であり、紛争当事者への

  交面での働きかけが必要。

  ・ 国造りの支援・・・行政機構の整備・法律の整備(人権につ

  いての研修)、教育支援・復興支援など。

  以上、今井高樹さんは、南スーダンPKO自衛隊派遣に関連し

 て詳細な現地情勢と今後の日本政府の取るべきみちを示唆して

 くれました。

  「駆けつけ警護」も「宿営地防衛」も非現実的であり、一日も早

 く「内戦状況」を止め、住民の安全と生活の再建が重要であると

 強調してくれました。感謝に堪えません。

 

 安倍政権のうそ!

  < 昨年7月、ジェバ市内全域は「戦闘」 
     ・・・現在もその危険はある。南スーダンは内戦中!>

   <「駆けつけ警護・宿営地共同防衛」は、

       武力行使の第一歩。!

       "憲法違反"直ちに撤退させよう!>

  安倍首相は1月20日の施政方針演説で「[南スーダンの自

衛隊の活動を]世界が賞賛し、感謝し、頼りにしています。

・・・積極的平和主義の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄のた

め、皆さん、能う限りの貢献をしていこうではありませんか。」

と述べました。

 しかし、この間の報道により南スーダンの「衝突」の真実が

明らかになりました。まさに「戦闘」であったのです。自衛隊員

の安全を見せかけて「駆けつけ警護」を実施させるために現

地の報告文書「日報」を隠蔽したのです。

 先進国で南スーダンに派遣しているのは日本だけです。ド

イツなどが派遣していた「警察官」さえ撤退させているのです。

「内戦」を阻止するための国連PKO部隊は南スーダン政府軍

によって国内の移動さえ禁じられているのです。先進国で派遣

しているのは、日本だけです。それだけ、南スーダン現地は危

険な状況にあるのです。

自衛隊の派遣は、「蛮勇」でしかないのです。

 自衛隊の指揮権は、国連PKO部隊指揮官にあるのです。

軍隊でない自衛隊に「駆けつけ警護」も「宿営地共同防衛」も

要請されないのです。

さらにに国連PKO部隊指揮官は更迭されたままです。「内戦

中」の南スーダンに派遣された自衛隊員の<いのち>は、風

前のともしびです。犠牲の出ないうちに撤退させましょう。

世界中の誰も賞賛もしませんし、何の貢献もできないのです。

 

 在日米軍駐留経費・日本側負担 

   「 7、612億円 」 (昨年度分)

「日本と米国のコスト分担のあり方は他国のお手本になる。」

                     マティス米国防長官

  駐留経費に占める負担割合で日本は70%ですが、韓国

やドイツの30~40%とくらべると圧倒的に高いのです。そし

てアメリカと同盟関係にある他の26ヶ国の総額よりも多いと言

われているのです。

 日本は「世界一気前の良い同盟国」と世界中から揶揄されて

います。

 日米地位協定は、「植民地時代の地位協定」と世界中から揶

揄されています。日本にある米軍基地の管理権はアメリカにあ

るので、日本の政府や法律に規制されません。しかし、ドイツや

イタリアでは、演習や軍事行為は政府や法律に規制されます。

場合によっては基地内での警察権の行使なども認められてい

ます。

 オスプレイが「墜落」してもそばにも寄れず、事故原因も明確

にされないまま演習」が再開される。

こんな日本で、良いのでしょうか?沖縄の負担は軽減されない!


 「海を壊すな!」

  「サンゴを壊すな!」

   「ブロック投下をやめろ!」 

   このような抗議の声を無視して沖縄防衛局は、昨日8日、辺野古

新基地建設に伴う大浦湾の臨時制限区域内に大型コンクリートブ

ロックを投下しました。

   今後、ブロックを228個投下して固定用アンカーに使い、4~5月

頃までに汚濁防止膜を敷設する予定です。

 沖縄県は防衛局に対して2014年の当初計画からブロックの大

きさや個数が二転三転した経緯が明らかでないとし説明を求め、

説明を終えるまでブロックを投下しないよう要請していました。

   しかし、政府はこれを無視し海上工事に着手しました。

 沖縄県での選挙結果や世論調査に示された建設反対の圧倒的

な民意を踏みにじる暴挙であり許されません。また、憲法94条が

保障する<地方自治>を破壊するものであり許されません。

  辺野古新基地建設には最低3500億円(2014年試算)の経費

が掛かるのです。ヘリ基地と船舶の港湾機能をあわせ持つ最新

鋭基地として200年の耐用年数を誇り、オスプレイほか最新鋭

のF35戦闘機が配備され、運用で沖縄の基地負担はさらに増

すのです。

  新基地は危険なオスプレイの配備など沖縄基地をさらに強化

し、沖縄県民の財産であり、世界にとっても貴重な自然が息づく

海域を決定的に破壊します。

     安倍政権に建設工事中止を要求しようでは

                                                  ありませんか。

 

    「空中給油のホースや装備がオスプレイに

       ぶつかることがあり得る!」

「プロペラにぶつかれば大惨事を起こしかねない!」

 このように沖縄新報が報道した米軍資料には機体構造の欠陥を

認め、墜落事故を予想していたのです。その通りの墜落事故が起

きても米軍も政府も口をつぐんでいます。さらに許されないのは、

オスプレイが何もなかったかのように沖縄の空を飛び回っている

のです。

 オスプレイ訓練再開容認、ブロック投下などの政府による既成

事実の積み上げにも屈せず、沖縄県民は 

   「辺野古新基地建設はさせない」

  「オスプレィ配備反対」のたたかいを継続しております。

 北海道から、札幌から、

   連帯の声を挙げようではありませんか!

 

  <沖縄をかえせ!

    平和な沖縄にかえせ!

 

  辺野古新基地建設は

         許されない!>

 

  沖縄に連帯して

     平和憲法を市民の手に

    取 り 戻 そ う !!!!   

 

        さとうきび畑・・・沖縄を考える
                    (作詞・作曲・・・寺島尚彦)

  1,ざわわ ざわわ ざわわ       2,ざわわ ざわわ ざわわ
   広いさとうきび畑は               広いさとうきび畑は 
     ざわわ ざわわ ざわわ          ざわわ ざわわ ざわわ
   風が通り抜けるだけ              風が通り抜けるだけ 
   今日も見渡すぎり                 むかし海のむこうから
   みどりの波がうねる              いくさがやってきた 
   夏の日ざしのなかで              夏の日ざしのなかで 

 3,ざわわ ざわわ ざわわ      4,ざわわ ざわわ ざわわ
   広いさとうきび畑は             広いさとうきび畑は   
     ざわわ ざわわ ざわわ      ざわわ ざわわ ざわわ
   風が通り抜けるだけ            風が通り抜けるだけ  
   あの日鉄の雨にうたれ       そして私の生まれた日に
   父は死んでいった              いくさの終わりがきた
   夏の日ざしのなかで            夏の日ざしのなかで  

 5,ざわわ ざわわ ざわわ    6,ざわわ ざわわ ざわわ
   広いさとうきび畑は             広いさとうきび畑は   
      ざわわ ざわわ ざわわ           ざわわ ざわわ ざわわ
   風が通り抜けるだけ            風が通り抜けるだけ   
   風の音にとぎれて消える     知らないはずの父の手に
   母の子守りのうた               だかれた夢をみる      
   夏の日ざしのなかで            夏の日ざしのなかで   

 7,ざわわ ざわわ ざわわ    8,ざわわ ざわわ ざわわ
   広いさとうきび畑は             広いさとうきび畑は    
      ざわわ ざわわ ざわわ           ざわわ ざわわ ざわわ
   風が通り抜けるだけ            風が通り抜けるだけ    
   父の声をさがしながら         お父さんとよんでみたい
   たどる畑のみち                  お父さん どこにいるの
   夏の日ざしのなかで            このまま みどりの波に
                       夏の日ざしのなかで    

 9,ざわわ ざわわ ざわわ   10,ざわわ ざわわ ざわわ
   広いさとうきび畑は             広いさとうきび畑は 
      ざわわ ざわわ ざわわ           ざわわ ざわわ ざわわ
   風が通り抜けるだけ            風が通り抜けるだけ 
   おぼれてしまいそう            波のように押し寄せる
   夏の日ざしのなかで          風よ悲しみの歌を    
                         海にかえしてほしい 
                            夏の日ざしのなかで 

11,ざわわ ざわわ ざわわ
   風に涙は乾いても
      ざわわ ざわわ ざわわ
   この悲しみは消えない

 筆者の愛唱歌ですが、なにせ歌詞が11番まであるので全部は

歌わせて貰えず、三番までで終わらせられる。しかし、最も歌いた

いのは11番の「この悲しみは消えない」であり、現在の沖縄を考え

ると沖縄の人々は「悲しみ」を乗り越えて一人ひとりが安倍政権と

峙していることにただただ涙がこぼれるのです。


 沖縄には二度ほど戦跡巡りの旅に参加し、現地の人々の案内で

「平和の礎」やひめゆりの塔・ガマを見学し涙を流した。この度、『歴

史に学ぶ・沖縄戦跡巡りの旅から沖縄戦の実相を追う』を読んで、

作詞・作曲した寺島尚彦氏の「歌はこうして誕生した。」の文に接し

たのでここに掲載させていただきます。是非、ご一読を!吉井拝

 
 さとうきび畑に風が渡っていきます。

 沖縄が日本に返還されて30年目の夏を迎えました。あの痛ましい

戦争の記憶が少しずつ、彼方に遠ざかっていくなかで、平和への祈

りを込めた一つの歌が静かに語り、歌い継がれてきました。そして

今、父から娘へと引き継がれようとしております。


 昭和42年に作曲家寺島尚彦が発表した「さとうきび畑}は、田代

美代子が自分のコンサートで歌った。その後、NHKの「みんなの

歌」で千秋なおみと森山良子が歌って全国に紹介されました。
 

 寺島が初めて沖縄の地を訪れたのは、昭和39年6月、第二次世

界大戦後の沖縄が、まだアメリカの統治下にあり、沖縄への出入り

には日本人でもパスポートが必要な時代であった。

 ピアノ演奏の翌日、寺島さんは土地の人に案内してもらい、沖縄

のあちこちに残された戦場跡を訪ねました。日差しの強い午後の

ことでしたが、訪れたどこも静かなたたずまいを見せていました。

 案内してくれた男性と寺島が、さとうきび畑に差し掛かったときだ

った。

 「あなたが今、歩いているこの土の下に戦没者の遺骨が埋もれ

たままになっています。」

 ポツンと、おっしゃいました。思わず立ち止まった。すごいきれい

な空で夏の日差しの中、突然クラックラッとした。風の音がすごか

った。

 その音が戦争で亡くなられた人が号泣しているような、あるいは

、なぜ俺はこんな目にあったんだと怒号しているような声が耳元に

聞こえてくるような気がしました。これは、なんとかしなければて・・・

と私の心の中に潜在的に芽生えました。

  こうして、歌が芽生えた。そして寺島尚彦の初めての沖縄への

旅は心の奥に大きな宿題を残して終わった。


  東京に帰ってから、しばらくの間は衝撃は消えなかった。さとう

きび畑で聞いた風の音は、あれは普通の音と違うぞ!さあ、考え

たけど考えたけど出てこない。あるとき、ザワザワしたうるさい音で

もないし、サワサワしたきれいな音でもない。じゃ、これをくっつけて

みようと思って「ザワワ」というのを自分で考えついた時は、手を打

って、これだ!と思ったんですね。


  ざわわ ざわわ・・・11番まである歌の中で繰り返し、繰り返し、

合計66回も反覆されるこの言葉の中に、寺島さんがあの日、ご自

身の胸に鋭く突き刺さった衝撃を表現したのです。寺島さんがこの

「ザワワ」という言葉にたどり着くまでには二年の歳月が流れてい

ました。古希を迎えた寺島は、音楽教授として長年勤めた大学を

今年の春、退官し作曲活動にいそしんでいる。そして娘の夕紗子

さんはソプラノ歌手として活躍する一方、高校・大学で行進の指導

に当たっている。

 今年二月、夕紗子さんは、父が作った「さとうきび畑」をCDに吹き

込んだ。

 この歌ができてから35年がたちました。

いろんな方に愛され、いろいろな所で歌われてきました。とうとう娘

までこの歌を歌うようになりました。父から娘にというメッセージの

歌が少ないこともあって、こうして歌い継がれていくことをうれしく思

っております。

  今、こうやって、この場所に立って見ただけでは、あんな戦争が

あったなんて、誰も思わないような美しい場所になりました。

  戦争の悲惨さを風化させてはなりません。けれども、どうしても

人間の記憶は風化していきます。歌だったならば伝えられる。

風化しない何かが伝えられる、今、そんな思いがしています。


  さとうきび畑を風が渡っていきます。

  強い夏の日差しの中を今日も風がゆっくり

さとうきび畑を渡っていきます。

  この風を寺島さんは、歌として誕生させたのです。


  永久の平和への祈りを込めて・・・・。

(寺島尚彦さんは、平成16年3月23日、永眠された。享年73歳)


 

[イベント紹介] 緊急企画・『南スーダンPKO自衛隊派遣問題を考える』

新年講演会

「南スーダンPKO自衛隊派遣問題を考える」

~現地南スーダン駐在からの報告~

 昨年、南スーダンPKOに派遣されている自衛隊に対して、憲法

違反の「駆けつけ警護」と「宿営地防衛」の新任務付与が強行され

てしまいました。

 憲法が禁ずる武力行使への道そものです。

 憲法施行70年を迎える今年、自衛隊の新任務付与の問題点と

今後の憲法を巡る動向を踏まえ、南スーダンの実際の情勢と自

衛隊派遣や新任務が必要とされているのかなど、現地で支援活

動に従事し現場を最も熟知している今井高樹さんの一時帰国に

あわせて、今回緊急企画として開催いたします。

 皆様のご協力を宜しくお願い致します。

         講 演 会 次 第

演題 「南スーダンPKO自衛隊派遣問題を考える」

      ~現地南スーダン駐在からの報告~

講師 今井高樹さん

    (日本国際ボランティアセンタースーダン事務所代表)

日時 1月25日(水) 18:00~20:00

会場 札幌市教育文化会館 3階 研修室305

 (札幌市中央区北1条西13丁目 電話011-271-5821)

参加費 資料代として500円を申し受けます。

☞☞今井高樹さんのプロフィー

 日本国際ボランティアセンター(JVC)スーダン駐在スタッフ現地代表

 会社員生活のかたわらJVCの活動にボランティアとして関わる。

2004年に会社を退職、アメリカの公立小学校にインターンとして

勤務した後、2007年よりJVCスーダン現地代表。スーダン南部自

治体(現南スーダン)ジュバに3年にわたり駐在。2010年よりスー

ダン(北部)の南コルドファン州に移動。2011年の紛争勃発後は、

首都ハルツームに駐在する。

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