沖 縄 「 慰 霊 の 日 」 を 考 え る !


005[1].jpg   沖 縄 「 慰 霊 の 日 」 を 考 え る !

               共同代表 吉 井  健 一

 昨日、6月23日は沖縄「慰霊の日」でした。

沖縄戦は1945年3月末に始まり、4月1日には米軍は本島へ

上陸し、苛烈な地上戦となったことから、当時の県人口の4人に

1人にあたる県民12万人以上が犠牲となりました。

沖縄戦の組織的抵抗が終わった23日を慰霊の日と定めました。

 糸満市摩文仁の平和祈念公園では午前11時50分から県など

が主催する沖縄全戦没者追悼式が開かれました。正午の時報に

合わせて黙とうし、戦没者に祈りをささげていました。

追悼式では 翁長雄志知事と県遺族連合会の宮城篤正会長が、

そろって基地問題を取り上げました。 

 宮城会長は「戦争につながる新たな基地建設には断固反対す

る」と遺族としての決意を述べました。

 翁長知事は平和宣言で、「沖縄のこころ」に触れながら、こう力を

込めました。

 「辺野古に新基地を造らせないという私の決意は県民とともに

あり、これからもみじんも揺らぐことはありません」
 
 知事にとって1期目の任期最後の平和宣言であり、膵(すい)がん

を公表し抗がん剤治療を続ける中、この日は直前までかぶっていた

帽子を脱いでマイクの前に立ったのです。

落ち着いた表情ながら、その話しぶりは決然として、強い意志と覚悟

を感じさせるものがありました。

 知事は、米朝首脳会談が開かれるなど東アジアを巡る安全保障環

境の大きな変化に触れ、「20年以上も前に合意した辺野古移設が

唯一の解決策といえるのか」「緊張緩和の流れに逆行している」と強

調しました。

 移設計画の見直しを求める翁長知事の平和宣言を、安倍晋三首

相や小野寺五典防衛相はこれまでのように無視するに違いありま

せん。安倍首相はあいさつで「できることはすべて行う」と基地負担

の軽減に全力を尽くすと語ったが、具体性は全くありませんでした。
 
 戦後、沖縄を占領した米軍は、住民の土地を一方的に囲い込ん

で基地にしました。生活の場の軍事化が進んだのです。そして今

また、米軍再編という名の新たな軍事化が、日米両政府によって

強行されているのです。

 「沖縄の基地問題は、日本全体の安全保障の問題であり、国民

全体で負担すべきもの」という翁長知事の指摘を、私たちは重く受

け止めたいものです。

     22日、同公園でろうそくが灯さた。<平和の文字>

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 <辺野古新基地建設を問う> 
  
 翁長知事が<平和宣言>で強調したように「米朝首

脳会談」によって朝鮮半島の非核化と朝鮮戦争の終

結など東アジアに新しい秩序が構築される可能性が

出てきました。その具体化の一歩として、米韓軍事

演習の中止と朝鮮戦争での米兵の戦死者の遺骨が

返還されます。

 沖縄の米軍基地は、朝鮮戦争とその後の米朝対立

の最前線としての役割を韓国の米軍基地とともに担

ってきました。近い将来、朝鮮戦争が終結すると、在

沖米軍基地に大きな変化をもたらすことは明白です。

嘉手納基地を中軸とする沖縄の米空軍は、朝鮮戦争

と深く関わってきましたし、嘉手納基地、米軍普天間

飛行場、ホワイトビーチ地区は、在日米軍だけでなく

朝鮮戦争時の国連軍基地でもあるのです。

  朝鮮戦争が終結すると、沖縄に国連軍基地は必要

なくなります。

  安倍政権は、従来から朝鮮を「脅威」とし「抑止力」

として在沖米海兵隊の存在意義を主張してきました。

  しかし、朝鮮半島に平和が訪れれば脅威の前提が

崩れるのです。普天間飛行場を維持し続けることや

名護市辺野古への新基地建設は大義名分を失い、

必要なくなることは明白です。

 辺野古新基地建設は「戦争への投資」であり、沖縄

県民の反対を圧殺して一兆円もの税金を投じて耐用

年数200年の新基地を造成することは許されないと

考えます。